なぜ豊橋は防犯カメラが少ないのか?地域と行政の「見守り力」を考える

なぜ豊橋は防犯カメラが少ないのか?地域と行政の「見守り力」を考える

はじめに~犯罪の再増加と地域の見守り力への問い

全国で広がる犯罪増加の波

近年、かつてないほど防犯意識が高まっている背景には、犯罪の再増加という現実があります。警察庁の統計によると、2023年の刑法犯認知件数は70万3551件で、前年に比べて約17%の増加となりました。これは2年連続の増加であり、コロナ禍で一時的に減少していた犯罪が、経済活動の回復とともに再び表面化してきたことを示しています。

日本はこれまで、治安の良さが国際的にも評価されてきました。しかし現在、その前提が揺らぎ始めています。空き巣や車上荒らし、ひったくりといった路上犯罪に加え、ネットを通じた特殊詐欺や個人情報の悪用など、形を変えた犯罪が身近に迫っています。住民一人ひとりが自分のまちも例外ではないと感じ始めているのが今の現実です。

豊橋市でも続く犯罪の増加傾向

こうした全国的な流れのなかで、豊橋市も例外ではありません。市内における刑法犯認知件数は、2022年が1735件、2023年には1892件へと増加しています。件数の変化だけを見れば小幅に思えるかもしれませんが、重要なのはその内容です。

豊橋警察署によれば、刑法犯のうち約7割を占めるのが窃盗犯です。中でも注目すべきは、施錠を忘れたことで発生する侵入盗や自転車盗難の割合が多いという点です。これは、加害者が凶悪だったというよりも、被害者側の油断や、地域の見守りが機能しなくなっていることが背景にあるのではないかと指摘されています。かつては隣近所の目が自然と犯罪を牽制していた時代もありましたが、今ではその人の目が失われつつあります。

防犯カメラの役割とその効果

こうした中で、再び注目を集めているのが防犯カメラの役割です。防犯カメラは、犯罪を直接止めるものではありませんが、その存在自体が犯罪の抑止力となり得ます。街角や通学路、公園の出入り口などにカメラがあることで、加害者に見られているかもしれないという意識を与え、行動を思いとどまらせる効果があるとされます。

また、万が一事件が発生した場合にも、カメラの映像は捜査の手がかりとなり、事件解決を早めることが可能です。近年では高解像度のカメラや夜間撮影が可能な赤外線対応機器も普及し、かつて以上に有効なツールとなっています。防犯カメラはすでに都市部や駅前などを中心に広がっていますが、住宅街や通学路など、より生活に密着した場所での整備が今後の課題といえるでしょう。

防犯カメラと地域の連携が問われる時代へ

とはいえ、防犯カメラは万能ではありません。設置には一定のコストがかかり、プライバシーに対する懸念もあります。そのため、設置の判断や管理方法には慎重さが求められます。しかし多くの自治体では、こうした懸念を払拭する工夫を重ねながら、安心して暮らせるまちづくりの一環として防犯カメラの設置を進めています。

地域社会の変化に伴い、これまで人の目が果たしていた役割を、今後は機械の目が補完する時代に移行しつつあります。豊橋市においても、他市と比べて防犯カメラの整備が遅れているという課題が浮き彫りになっています。本稿では、なぜ豊橋の防犯カメラが少なかったのか、その背景や制度上の問題点、そして現在の改善の取り組みとこれからの展望について考えていきます。防犯とは単なる設備投資ではなく、地域と行政の信頼関係と、暮らしの安全をどう守っていくかという問いでもあるのです。

なぜ豊橋は防犯カメラ後進市なのか

なぜ豊橋は防犯カメラ後進市なのか

数字が示す「設置数の格差」

防犯カメラの設置数を巡って、豊橋市は愛知県内の中核市の中でも遅れが際立っています。2023年度時点で豊橋市内に設置されていた防犯カメラの総数は281台。これは市内の自治会などが補助金制度を活用して設置してきた台数の合計です。

一方、近隣の中核市である岡崎市は1988台、豊田市は1407台をすでに設置済み。設置台数では豊橋の5〜7倍に達しており、この差は偶然ではなく、制度設計と設置主体の違いによるものです。

なぜ豊橋ではこれほどカメラの数が少なかったのか。その答えは、豊橋市の「自治会主体の補助制度」にあります。

豊橋市の制度は「自治会任せ」

豊橋市は2014年度から、防犯カメラの設置を希望する校区自治会に対して設置費用の60%(最大30万円)を補助する制度を導入しました。この制度は「地域のことは地域で考える」という方針のもと、自治会が主体となってカメラの設置場所や運用方法を決めるスタイルを採ってきました。

しかしその結果、防犯カメラの設置は自治会の意欲と能力に大きく左右されることとなり、設置の進捗に地域差が生まれてしまいました。特に高齢化が進み、役員のなり手が少ない地域では、申請自体が行われていない例も多くあります。

申請手続きの煩雑さが壁に

自治会が防犯カメラの設置を申請するには、非常に煩雑な書類手続きが必要です。希望理由や設置場所の地図、撮影範囲の説明、2社以上の見積書など、まず6種類の書類を準備しなければなりません。さらに本申請に進むと、管理責任者の届けや施工図面など、追加で5種類の書類が必要になります。

このような煩雑な手続きが、ただでさえ人手の少ない自治会の大きな負担となり、防犯カメラの設置を諦めるケースが少なくありません。また、年度途中で役員が交代した場合、引き継ぎがうまくいかず、申請が中断してしまうこともあります。

設置コストと管理の負担も課題

補助制度があるとはいえ、1台あたりの設置費用は20万〜40万円程度が相場とされており、残りの自己負担分は自治会費などから捻出する必要があります。加えて、設置後の維持管理や故障時の対応も自治会が担うことになっており、負担は設置時だけにとどまりません。

実際に市内のある校区では、故障したカメラが数年にわたり放置されていたという事例も報告されています。防犯のために設置されたはずの機器が機能していないまま存在しているという現実は、制度そのものの限界を象徴しているといえるでしょう。

他市は行政主導でスピード感ある設置

これに対して、岡崎市や豊田市などでは、行政が主導してカメラを設置する方式を採用しています。特に岡崎市では、2018年に侵入盗が急増したことを受け、市が主体となって1050台を3年間で一気に増設。豊田市では、設置費用の80%・上限80万円という手厚い補助制度を導入し、自治会の負担を大きく軽減しています。

行政が直接設置することで、煩雑な申請や地域ごとの温度差に左右されることなく、一定のスピードと計画性をもって防犯網を整備できるというメリットがあります。

数の問題だけではない「構造の課題」

防犯カメラの数が少ないという事実の背景には、設置主体の違いと、行政と地域の役割分担のあり方が深く関わっています。豊橋市は「地域の自治」に重きを置いた制度設計を行ってきましたが、その実行力には限界がありました。

防犯力を高めるには、地域住民の協力とともに、行政のリーダーシップが必要です。自治会に丸投げするのではなく、地域と行政が対等に連携しながら、安全なまちづくりを進めていく仕組みが求められています。

自治会任せの仕組みが抱える壁

自治会任せの仕組みが抱える壁

申請に半年、役員交代で振り出しに戻る現実

防犯カメラの設置を地域に委ねるという方針は、自治の理念に基づくものではありますが、実際には多くの課題を抱えています。豊橋市では、2014年度から校区自治会などを対象に、設置費用の60%(上限30万円)を補助する制度を実施してきました。設置済みのカメラ194台(2023年時点)は、すべてこの制度を通じて設置されたものです。

しかし、制度の実際の運用には多くの手間が伴います。まず、申請にあたっては「設置理由の明記」「2社以上の見積書」「設置予定地の地図と撮影範囲の説明」など6種類の書類が必要です。その後「本申請」に進むには、さらに「管理責任者の届出」「設置同意書」「設計図面」など5種類の追加書類が求められます。

このように、書類作成だけでも相当な労力を要し、慣れない自治会役員にとっては大きな負担です。しかも、申請から設置までの期間は平均して半年。年度をまたげば、役員が交代して作業が引き継がれず、振り出しに戻るという事態も発生します。

大村校区では36台ものカメラを設置しており、市内でも最も取り組みが進んだ地区のひとつですが、それでも自治会長である白井安則さんは「申請から設置まで本当に時間がかかる。毎年役員が変わるため、引き継ぎがなければ継続も難しい」と語っています。

プライバシーと同意書、設置の障壁に

防犯カメラは公共空間を監視するという性質上、プライバシーへの配慮が欠かせません。そのため、カメラに写り込む可能性のある私有地の所有者からは、必ず同意書を得なければなりません。たとえ防犯のためであっても、住民の中には「敷地が映るのは気持ちが悪い」「勝手に設置されたと思われたくない」といった理由で同意を拒否するケースもあります。

設置場所の選定においても、このような同意の取り付けが必要であるため、候補地があっても思うように設置できないといった問題が生じます。カメラの設置は地域の合意形成があってこそ成り立つものですが、全員が納得する形にするのは簡単ではありません。

高額な費用とその後の維持負担

もうひとつの大きな課題は、費用の問題です。豊橋市の補助制度では上限30万円が支給されますが、実際の設置費用は1台あたり20万円から40万円程度が一般的です。設置する台数が増えればそれだけ自己負担額も増加し、自治会の予算では賄いきれない場合もあります。

さらに、防犯カメラは一度設置して終わりではありません。定期的なメンテナンスや、故障時の修理対応が必要になります。特に古いモデルでは、録画機器が停止していたり、映像が保存されていなかったりする事例もありますが、誰も気づかず数か月放置されていたというケースもあります。

大村校区では、24台中5台が故障中であるにもかかわらず「防犯のために置いたまま」にしているという実態もあります。限られた人手と予算の中での管理は難しく、結局「設置はしたけれど活用できていない」状態が生まれやすいのです。

自治会という単位の「限界」が見えてきた

かつては地域の要として機能していた自治会も、今やその役割の維持が困難になってきています。加入率の低下、役員のなり手不足、若年層の無関心といった課題に加え、防犯カメラのように専門知識や長期間にわたる管理が求められる業務は、素人のボランティアには重荷です。

住民の安全を守るという本来の目的が、制度の複雑さや負担の大きさによって達成されにくくなっているのが現状です。自治会任せのままでは、設置が進まないだけでなく、既存のカメラの維持すら難しくなりつつあります。

地域の力だけに頼らない仕組みへ

こうした状況を受けて、豊橋市では2023年度から方針を転換し、市が直接防犯カメラを設置・管理する方式を導入しました。この動きについては次章で詳しく触れますが、背景には自治会任せの仕組みの限界があることは間違いありません。

地域の力を信じることは大切ですが、現実を見据えたうえで、行政が適切な役割分担を引き受けることが求められています。防犯とは、一部の熱心な住民に任せるべきものではなく、社会全体で支えるべきインフラなのです。

変わり始めた豊橋市の方針~行政主導への転換

変わり始めた豊橋市の方針~行政主導への転換

制度の限界が市政を動かした

自治会任せの防犯カメラ設置には、多くの壁があることが明らかになってきました。煩雑な申請手続き、費用負担、プライバシー対応、メンテナンスの困難さ――。そのすべてが、地域の負担となって積み重なり、防犯力の格差や形骸化した設備の温存を招いていました。

こうした状況を受け、豊橋市は2023年度から防犯カメラの設置方針を大きく転換します。それが、行政による直接設置・管理方式への移行です。市がカメラの購入、設置、管理を一貫して行うことで、従来のような自治会の負担や手続きの壁を取り払い、スピード感を持ってまち全体の防犯網を構築しようというものです。

まず250台を一気に設置、目標は1000台体制

豊橋市はこの方針に基づき、2023年10月から防犯カメラの本格的な直接設置を開始しました。初年度の目標は250台の設置で、すでに50台が運用を開始しています。設置場所については、防犯上の観点から非公表とし、豊橋警察署の助言を受けて選定されました。今後も各地域の通学路、公園、商店街、住宅街など、人の往来が多いエリアを中心に、2027年度までの4年間で合計1000台の配備を目指しています。

これまで10年近くかけて280台ほどしか設置できなかった豊橋市にとって、1年で250台、4年で1000台という数は、極めて大きな転換点といえます。

管理体制とプライバシー配慮も明文化

新たな設置体制において、気になるのがプライバシーへの対応です。市はカメラによる録画記録の取り扱いについて、インターネットには接続せず、職員が物理的に映像データを回収する方式を採用しました。映像提供も原則として、警察からの法的な捜査協力要請に限定。情報流出リスクを最小限に抑える設計です。

また、カメラに私有地の一部が映り込む可能性がある場合には、事前に該当住民へ説明書を配布し、必要に応じて映像のマスキング処理(映像の一部をぼかす処理)を行う対応も行われています。これにより、地域の安心感とプライバシー保護の両立を図っています。

変化を歓迎する地域の声

豊橋市北部・大村校区では、もともと自治会主導でカメラ設置を進めてきましたが、現在は管理の難しさや故障の放置などの課題に直面しています。その中で今回の行政主導の方針に対し、現場の自治会長である鈴木博さんは「ありがたい。自分たちだけでは限界があった」と素直な歓迎の声をあげています。

また、別の校区でも「手続きの煩雑さで諦めていたが、市が主導で設置してくれるなら話は違う」という声が聞かれ、これまで制度の壁に阻まれていた地区にも、ようやく防犯体制の光が差し込もうとしています。

なぜ今、行政主導が必要なのか

防犯カメラの設置に対し、豊橋市が本腰を入れたのには2つの背景があります。第一に、新型コロナ禍以降に犯罪件数が再び増加に転じたという事実。刑法犯認知件数は2004年の9760件から長年減少傾向にありましたが、コロナ禍の2021年を底に、22年、23年と連続して増加しています。

もう一つは、他市との格差の広がりです。岡崎市や豊田市では、すでに1000台を超える防犯カメラが運用されており、住民の防犯意識や地域の安心感にも違いが出てきています。豊橋市としても、これ以上の遅れは市民の安全確保という点で許されない状況となっていたのです。

機械の目と人の目、両輪で地域を守る

市の担当者は「人の目が届かなくなった部分を、機械の目が補っていく時代」と語ります。しかし、防犯カメラが万能でないことは、誰もが理解しています。真に安全なまちをつくるには、機械に頼るだけでなく、地域住民同士の声かけや見守り、あいさつといった人のつながりが欠かせません。

行政が環境整備を行い、地域がその中で自分たちなりの役割を果たしていく。今後の豊橋市の防犯体制には、そのような「協働の視点」が求められているのです。

地域と行政の見守り力をどう高めるか

地域と行政の見守り力をどう高めるか

防犯カメラはあくまで「手段」

防犯カメラは、犯罪を防止・抑止するための有効なツールとして期待されています。特に人通りの少ない通学路や公園、住宅街の死角となる場所に設置することで、犯罪者に対する威嚇効果が生まれ、被害の未然防止につながります。また、事件発生後には映像が証拠となり、迅速な解決を支えることも少なくありません。

しかし、カメラの数を増やすことだけが安全なまちづくりの解決策ではありません。いくら高性能なカメラを設置しても、それが適切に管理・運用されなければ、期待される効果は得られません。加えて、カメラが増えることで生じるプライバシーへの懸念や、監視社会への抵抗感といった副作用も見逃せない問題です。

つまり、防犯カメラはあくまで手段であり、目的は「安心して暮らせる地域社会の実現」にあるという原点を忘れてはならないのです。

地域の「つながり」が防犯力を高める

豊橋市が防犯カメラの直接設置を本格化させる一方で、行政側も「人の目による見守り」を軽視しているわけではありません。市安全生活課の担当者は「住民同士の交流やつながりがあってこそ、地域の防犯力は高まる」と語っています。

たとえば、隣近所で顔を知っていれば、不審な人物がいればすぐに気づくことができます。通学路に立つ地域の見守りボランティア、夕暮れ時に行われる地域パトロール、地域掲示板やLINEグループでの情報共有。これらは、いずれもカメラでは代替できない人の力による防犯活動です。

近年は、こうした活動が高齢化や担い手不足で縮小している地域も増えていますが、だからこそ行政が制度的に支援し、継続しやすい仕組みを整えていく必要があります。

情報共有と役割分担の明確化がカギ

防犯においては、行政と地域住民の「役割分担」と「連携体制」が極めて重要です。行政はインフラ整備と制度設計を、地域は日常的な見守りや情報提供を担うという関係が理想です。

実際、行政が防犯カメラを設置したとしても、日々の運用情報、たとえば「このカメラが故障していないか」「新たに不審者が出没しているエリアはないか」などの情報は、地域からのフィードバックがあってこそ把握できます。逆に、地域住民も市がどこにカメラを設置したのか、どのように活用されているのかを知ることで、自分たちの安全がどう守られているかを実感できます。

このように、相互に情報を共有し、状況を見える化することで、防犯対策が一方通行ではなく、共に築き上げるものへと変わっていきます。

若い世代の参加をどう促すか

もう一つの課題は、地域活動における世代間の断絶です。自治会や防犯活動は高齢者の比率が高く、若い世代はなかなか関与しにくい雰囲気があるのが現実です。共働き家庭が多く、日中に地域活動へ参加する時間が取れないという現実もあります。

そこで期待されるのが、デジタルツールの活用です。地域LINEグループでの情報交換や、オンライン掲示板による見守り情報の共有、デジタル回覧板の導入など、ICTを取り入れることで、若い世代でも自宅や職場から無理なく地域の情報に触れ、参加するきっかけを得られます。

また、防犯ボランティア活動の報告をSNSで発信するなど、活動が可視化されれば、住民の関心や参加意欲を高める効果も期待できます。こうした手法は、地域の見守り力の継続的な強化につながるはずです。

見守りは「誰かがやる」ではなく「みんなで支える」へ

防犯というと、つい特定の役割に押しつけられがちですが、見守りとは本来、特別な活動ではなく、日常生活の中で自然に行われるものです。挨拶ひとつ、不審な様子に気づいて声をかけること、ゴミ出しのついでに周囲を見渡すこと。これらすべてが立派な防犯活動であり、地域の安全を守る「目」なのです。

防犯カメラの設置は、そうした見守り力を補完するものであり、代替するものではありません。行政と地域住民がそれぞれの立場でできることを見つけ、無理なく継続できる仕組みを築くことが、これからの豊橋市に求められる「見守り力」のあり方です。

おわりに~これからの防犯は「協働」がカギ

これからの防犯は「協働」がカギ

防犯カメラだけでは守れないもの

豊橋市はこれまで、防犯カメラの整備において他市に大きく後れを取ってきました。自治会任せの制度設計、煩雑な申請手続き、費用や管理の負担といった複数の要因が、地域によって設置状況に差を生み、結果として防犯体制の地域格差を招いてきたことは否定できません。

しかし、2023年度から始まった行政主導による直接設置の方針転換は、そうした課題に明確に向き合い、改善しようとする動きです。4年間で1000台の設置を目指すという計画は、豊橋市がようやく「安全なまちづくり」に本腰を入れ始めた象徴ともいえるでしょう。

とはいえ、防犯カメラの数が増えれば、それで安心できるまちになるわけではありません。カメラの存在は犯罪抑止の一助にはなりますが、そこに「誰かが見ている」という意識が伴わなければ、その効果は限定的です。

地域と行政がそれぞれの役割を果たすために

本稿で見てきたように、防犯体制の強化には行政のリーダーシップと住民の参加、つまり両者の協働が欠かせません。行政がインフラとしてのカメラを整備し、住民が日常的な見守りや異変の共有を担う。この関係性こそが、真に効果的な防犯体制を築く基盤となります。

そのためにはまず、行政と地域住民の間に「信頼関係」が必要です。情報は正確に、迅速に、わかりやすく伝えられるべきですし、防犯対策の進捗や効果についても透明性が求められます。住民が「何にどれだけ税金が使われているのか」「この防犯カメラは誰のために、どんな効果があるのか」を理解し納得できなければ、防犯意識の醸成にもつながりません。

また、自治会という枠組みにとどまらず、PTAや商店街、企業、NPOといった多様な地域主体が防犯に関わる仕組みも重要です。防犯は「行政の仕事」でもなければ「自治会の義務」でもありません。地域全体で分担し、支え合う「公共の役割」だという共通認識が必要です。

見守りのあり方もアップデートを

これからの防犯は「人の目」だけでも「機械の目」だけでも成り立ちません。人と人とのつながりの中で、ゆるやかな見守りが存在し、そこにテクノロジーが補助的に機能する。そうしたハイブリッドな地域防犯こそが、今の社会に合ったモデルと言えるでしょう。

そのためには、従来の価値観や役割の分担を見直すことも必要です。「町内会で決めるべき」「役員が動くべき」といった縛りを緩め、誰もが自分の生活スタイルの中でできる形で、少しずつ防犯に参加できるような土壌を作っていくべきです。

挨拶を交わす、ゴミ捨てのときに周囲を見る、不審なことがあれば軽く声をかける、地域のLINEグループにひとこと投稿する――。こうした小さな行動の積み重ねが、犯罪を寄せ付けない空気をつくり上げます。

未来の豊橋を見据えて

豊橋市は今、防犯における大きな転換点に立っています。これまでの制度の限界に真正面から向き合い、行政主導という新たなステージへと歩み始めました。その先にあるのは、単に犯罪を減らすことではなく、誰もが安心して暮らせる地域社会の実現です。

そのために必要なのは、防犯カメラという設備以上に、人と人との信頼、行政と市民の対話、地域を支えようという気持ちの共有です。安全とは、仕組みで守られるものではなく、人と人の関係によって育まれるものだからです。

これからの防犯を「誰か任せ」にしないために。地域に生きる私たち一人ひとりが、自分なりの方法で見守る力を持ち寄ることが求められています。