2025年9月12日

ふるさと納税や企業版ふるさと納税は、ここ十数年で一気に市民権を得た制度です。テレビやネットでは「豪華な返礼品がもらえるお得な仕組み」として紹介され、実際に特産品を受け取る楽しみを理由に利用する人も少なくありません。企業にとっても、地域事業への寄付を通じてイメージアップや税負担の軽減を図れるという利点があります。表向きには「地域を応援し、地方創生を進めるための新しい形の寄付」として肯定的に語られることが多い制度です。
しかし一方で、「税とは本来、居住地や活動拠点の地域に納められ、公共サービスの財源となるべきものではないのか」という素朴な疑問を抱く声も広がっています。本来なら地元の道路整備や教育・福祉に使われるはずの税収が、制度を経由することで別の自治体に流れてしまう。そこに「豪華な返礼品」というインセンティブが加われば、税の公平性や健全性はどうしても揺らいでしまいます。納税が「お得なショッピング」のように扱われている現状に、違和感を覚える人も少なくないでしょう。
この問題は決して抽象的な議論にとどまりません。例えば豊橋市で計画が進められている新アリーナ建設にも、企業版ふるさと納税が活用されています。市民生活に直結する分野よりも、目立つ大型施設に資金が集まることは果たして地域にとって本当に幸せなのか。返礼品やイメージ戦略が前面に出る仕組みが、私たちの暮らしや自治にどのような影響を及ぼしているのか。こうした疑問を踏まえ、「ふるさと納税」という制度を改めて見つめ直し、地域づくりにおけるその是非を考えていきます。
ふるさと納税の仕組みと返礼品文化
ふるさと納税は2008年に導入された制度で、「生まれ育った故郷や応援したい自治体に寄付をすることで地域を支える」ことを目的としています。寄付をした分の大部分は翌年の住民税や所得税から控除される仕組みで、自己負担は2,000円のみ。つまり、通常は住んでいる自治体に納めるべき税金の一部を、他の自治体に振り替えることができる制度です。本来の趣旨は「人口減少や財政難に直面する地方を応援する」という善意の寄付の促進にありました。
ところが現実には、この制度は大きく姿を変えてきました。多くの自治体が寄付を集めるために豪華な返礼品を用意し、いわば「返礼品合戦」が繰り広げられるようになったのです。和牛やカニ、家電製品に至るまで、多種多様な返礼品が注目を集め、利用者の多くは「応援したい地域」ではなく「欲しい返礼品」を基準に寄付先を選ぶようになりました。その結果、ふるさと納税は本来の理念よりも「お得に買い物できる仕組み」として利用される傾向が強まっています。
さらに問題なのは、寄付を受けた自治体が潤う一方で、住民の住む自治体の税収が大きく減ってしまうことです。とくに都市部では税収流出の影響が深刻で、公共サービスの維持に支障が出るケースも指摘されています。つまり、誰かの地域を応援するために、別の地域が割を食うという不公平が生まれているのです。制度そのものが地域間競争をあおり、健全性に疑問符がつく現状は、制度設計の理念から大きく乖離していると言えるでしょう。
企業版ふるさと納税とは?
ふるさと納税には個人向けだけでなく、法人が対象となる「企業版ふるさと納税」という仕組みもあります。これは企業が自治体の地方創生プロジェクトに寄付を行った場合、その寄付額の最大9割が法人税などから控除される制度です。つまり、実質的な負担を大幅に抑えながら地域事業を支援できる仕組みであり、企業にとっては「社会貢献」と「税負担軽減」を同時に実現できる点が大きな魅力です。
この制度には個人向けのような返礼品は存在しません。その代わりに、企業側にとっては「広告・広報効果」や「地域との関係づくり」がメリットになります。寄付先の自治体が進める大型事業に企業名が掲げられることも多く、CSR活動(企業の社会的責任)やブランディングの一環として利用されるケースも目立ちます。特に知名度の高い施設やイベントに関わることで、「地域貢献をする企業」というイメージをアピールしやすいのです。
しかしその一方で、制度には偏りの課題もあります。寄付はどうしても注目度の高い大規模プロジェクトに集中しやすく、地味ながら生活に直結するインフラ整備や小規模自治体の支援には資金が回りにくい傾向があります。たとえば大都市近郊で計画される新アリーナや観光施設などは企業版ふるさと納税を呼び込みやすい一方、過疎地の医療や公共交通といった切実な課題にはなかなか寄付が集まりません。結果として、自治体間の格差がさらに広がる懸念が指摘されています。
企業版ふるさと納税は、企業と地域をつなぐ可能性を秘めた制度であると同時に、利用の偏りが新たな不均衡を生み出すリスクも抱えているのです。
豊橋新アリーナとふるさと納税の現状
豊橋市では近年、ふるさと納税を積極的に活用しており、制度運営を工夫した結果、寄附額が急増しています。東三河地域の自治体全体で見ると、2024年度の寄附受入額は約36億2,027万円。中でも豊橋市は前年度比3.7倍という大きな伸びを見せ、5億1,296万円を集めました。この増加の背景には、返礼品の見せ方や種類の拡充、ポータルサイトでの「魅力的に見せる工夫」があります。
しかし、この「寄附額の急増」は一方で税の流出や収入と実際に使えるお金(実質収入)の乖離を浮き彫りにしています。たとえば、豊橋市では ふるさと納税で得た寄附額 1億3,705万円のうち、返礼品開発や紹介などの経費が6,309万円かかり、実質的に使えるのは約7,396万円にとどまるという試算があります。また、豊橋市でも寄付者の控除による「住民税の流出」が発生しており、5億円を超える寄附に対しては13億円近い控除額が出る見込みだと報じられている点は見逃せません。
こうした数字を背景に、新アリーナ(多目的屋内施設・豊橋公園東側エリア整備・運営事業)に対しても、企業版ふるさと納税や個人版ふるさと納税での寄附受付が始まりました。市はこの施設を「地域のスポーツ振興」「まちのシンボル」「災害時の防災拠点としても使える多目的施設」として期待をかけています。
一方で、批判の声もあります。市民からは「返礼品を工夫して寄附額を増やすことは理解できるが、本当に市民生活に直結する分野(福祉・教育・インフラなど)への税投入を後回しにしていないか」という疑問があります。税収が別の自治体へ流出してしまう分、市財政はその分の代替を他で見込む必要が出てきます。また、多くの返礼品やプロモーションにかかるコストが増え、寄付額のすべてが住民サービスに使えないことも現実です。
そのため、「豊橋新アリーナ」におけるふるさと納税活用は、期待とともに慎重な判断を要する局面にあります。税の本来の用途、公平性、市民の生活とのバランスを取りながら、本当に地域づくりにとって幸せな仕組みとして成立するかどうかを見極める必要があります。
まとめ
ふるさと納税や企業版ふるさと納税は、地域に新たな財源をもたらす可能性を秘めています。豊橋新アリーナのように「地域の顔」となる大型施設の建設に活用すれば、注目度も高まり、外部からの寄付も集めやすいという利点があります。しかしその一方で、本来住民が暮らす自治体に入るはずの税収が流出し、返礼品やプロモーションに多額の経費が割かれる現実があります。税の公平性や制度の健全性を損なう危険は看過できません。
公共施設の整備は、スポーツや文化の振興、防災拠点としての意義も大きいものの、市民の生活に直結する福祉・教育・インフラ整備とどのように優先順位をつけるのかが問われています。税は「誰のために」「何のために」あるのかという原点に立ち返り、制度を活用する側の自治体も、利用する企業や住民も、その透明性と妥当性を常に検証していく必要があるでしょう。
ふるさと納税が「幸せな仕組み」となるかどうかは、寄付を集めた額ではなく、地域の暮らしをいかに支え、未来につなげるかという使い方次第なのです。
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